働かなくて良い5

見ない、言わない、笑顔
これは、不登校については手立てが何もないので、子どもも親も全て諦めて成り行きに任せて、親は死を迎える日まで、とにかくあ子どもが荒れずに穏やかに1日1日が過ぎるのをただ祈るしかないから静かにその日を待つしかない、そして不登校の子どもは親が死んだ後は社会福祉のお世話になって人生を全うするより道はないからそれ以外のことを考えても意味がないので、とにかく最期の日を迎えるまで、何とか食べて雨風を凌げて毎日楽しいことだけを考えるしか道は無い。

>これは、不登校については手立てが何もないので、子どもも親も全て諦めて成り行きに任せて
手立てがないのは、常識的な手立てが無いと言う意味です。非常識な手立ては今まで散々述べてきています。
ですから常識的な手立てを全て諦めるというのは正しいと思います。只それだけでは子供は許さないと思います。子供は学校から守って欲しいと言う対応を求めているからです。その学校から子供を守る対応は子供によっていろいろとあります。

>親は死を迎える日まで、とにかくあ子どもが荒れずに穏やかに1日1日が過ぎるのをただ祈るしかないから静かにその日を待つしかない
そこまで親が覚悟できたら、子供がとても早く自分の不登校問題を解決してくれます。とても頼もしい子供の姿になります。親のこの覚悟が吹っ飛んでしまいます。これも経験的な物ですから。
けれどこの覚悟が出来る親はいますか?出来なければこの覚悟をかんがえる意味がないです。でも可能ならそこまで腹をくくってくださると、ほんとうに良い結果が出ます。

不登校の子どもは親が死んだ後は社会福祉のお世話になって人生を全うするより道はないからそれ以外のことを考えても意味がないので、とにかく最期の日を迎えるまで、何とか食べて雨風を凌げて毎日楽しいことだけを考えるしか道は無い。
これも上記の事と同じです。

子供は一生懸命その子供なりに成長をしようとします。その本能を持って居ます。その一生懸命には学校を使う成長の仕方や学校を使わない成長の仕方を、その子供なりに選択して、成長をします。その成長の結果、どの様な結果を出すのかそれは子供次第です。でもはっきりと言えることは、親も予想もしなかった、親が嬉しくなるような結果です。その様な子供を信頼してくださいと御願いしています。