学校に行ってみる

不登校になり8ヶ月ほどは、給食が食べたいと保健室に月1回ほど行ったり、書き初めがあるとやりたいと言い別室で受けてみたり(学校へ行くと頭痛がし、無理している様子でした)放課後行けそうな時は行ってみたり…(これも2ヶ月に1回ほど)
学校に行きたいと思っているけど行けない、今年は学校に行けるといいなと言ってみたり、これはやりたいと言ってみたり…
これらは良い子を演じていたのでしょうか?

だんだんとやらないとハッキリ言ったり、学校は行きたくない、行かないとハッキリ言うようになりました。
これは良い子を演じなくなって来たと言う意味なのでしょうか…

不登校になり8ヶ月ほどは、給食が食べたいと保健室に月1回ほど行ったり、書き初めがあるとやりたいと言い別室で受けてみたり(学校へ行くと頭痛がし、無理している様子でした)放課後行けそうな時は行ってみたり…(これも2ヶ月に1回ほど)
不登校分類3だということを前提にお話しします。不登校分類2でもこのようなことが起きます。不登校分類2なら、このような学校への関わりの中で、学校が安全になったと理解出来たら、学校に続けていくようになります。

不登校分類3だと、学校にいる間中fecorが反応をしています。子どもはそれに耐えて学校に行き続けます。この時言えることは、この子どもにあるfecorは学校を全面的に拒否をして荒れたり問題行動をする子どもより、fecorの反応が弱い可能性があると推測されます。しかしそれは絶対ではありません。今まで子どもが起こした事件の中で、学校ではよい子を演じて教師が子どもの問題点に気づけなかったのに、教師の知らないところで動物を殺したり、解剖をしたりした子どもの事件は有名ですね。

>学校に行きたいと思っているけど行けない、今年は学校に行けるといいなと言ってみたり、これはやりたいと言ってみたり…
常識的には、思っていることを実行しないのと、思っていることを実行するのなら、思っていることを実行する方が心が元気だ、不登校問題の解決に繋がると考えがちです。
この思っていること、実行しないことを、実行する子どもと心のエネルギーを比較すると、この実行するしないの事柄が学校や勉強に関することでなかったら、実行する子どもの方が子供の心のエネルギーが大きいです。
所がその実行するしないの事柄が学校や勉強に関する物ですと、実行することでfecorが反応をして心を辛くします。その結果心のエネルギーを大きく小さくします。実行しない方が心のエネルギーが相対的に大きくなります。常識に反しますが、実行しない方が好ましいと考えられます。

>これらは良い子を演じていたのでしょうか?
その様に考えることも出来ますが、その様に考えたのでは次の対応が見つかってきません。それよりも母親をテストしたと考えた方が、次の対応が見つかると思います。
>学校に行きたいと思っているけど行けない
お母様がお子さんの学校に行きたいという言葉に行動を起こすのか、お子さんの学校に行け無いと言う言葉に反応を起こすのか、それをテストして居ると考えた方が良いです。

>今年は学校に行けるといいなと言ってみたり
お母様が学校に行けるという言葉に行動を起こすか、行けると善いなと思っているが実際は行けないお子さんの心を癒やす対応をするかテストして居ると考えた方が良いです。

>これはやりたいと言ってみたり…
具体的になりをやりたいのか分かりませんが、子どもがやりたいと言ったことに向かって動かなかったとしたら、子どもがやりたいと言ったことを御母様が手助けするか、子どもがやりたいと言ったことをしなくて良いと一上げるのかをテストして居ると理解した方が良いです。

>だんだんとやらないとハッキリ言ったり、学校は行きたくない、行かないとハッキリ言うようになりました。
心が辛くて出来ない事を素直に出来ない、やらないとはっきり言う、学校に行きたくないと本心に気づいてそれを言葉に出来る、学校に行かないと子どもの本心を言葉で表現できる、これらは子どもがよい子を演じなくて、素直な子供の心からの言葉や反応だと考えられます。

>これは良い子を演じなくなって来たと言う意味なのでしょうか…
そうです。
その方が自分発の意思が出てきて、不登校問題の解決が早まります。