放置

ある不登校の息子さんを育てている母親からの相談です。息子さんは3年以上も不登校引きこもりで、何かにつけて荒れていました。そこで思い切って対応を変えて、息子を学校に行かさない対応と、息子のゲーム漬け、ネット漬け、昼夜逆転、風呂も入らず、歯も磨かないという、常識では考えられない対応をせざるを得ませんでした。すると息子は荒れなくなり、表情も柔らかくなりました。其れ以外のことは代わりません。

しかしあれだけ荒れまくった息子を今の息子を比較して、息子の穏やかな顔を見られる毎日がありがたいです。もっと息子と話したい、という気持ちをグッとこらえています。それでもやはり、今の母親の対応にほんの少し質問があります。現実の息子はとても落ち着いていて、ゲームやネットに没頭して、部屋に引きこもっていますが、息子は母親から話しかけてこないことに寂しさを感じたり、母親が息子をおいて買い物などの家を出るのについて、また息子に断りなしに、弟を連れて出かけたりすることで、息子が母親から見捨てられたと感じはしないのか気になります。

<回答>
第一に覚えておいて欲しいことは、大人の心と子どもの心と異なることです。大人は色々と考えたり分析したりしますが、子供は自分の心に生じた情動から行動をします。

御母様からの質問は、御母様という大人の心からの思いです。勿論母親ですから子供に優しい、子供を思いやった発想になっていますが、それでも大人の母親の発想であり、息子さんの発想ではありません。

息子さんの発想は、楽しいことを求めています。楽しいことが保証されていれば、その楽しいことを求めて行動をします。楽しいことが不十分なら、母親から得られる喜びを求めますが、十分に楽しいなら、母親は存在していれば良いだけです。傍に居る必要はありません。息子さんが楽しいなら、その楽しさを求め続けます。楽しさを求めているときに母親の存在を求めません。しかし母親から信頼されているという、母親からの信頼感は絶対に必要なのです。

母親からの信頼感とは、子供が必要とするときに母親が存在すること、子供がしていることをそれで良いと認めてくれる母親、その際に母親の「笑顔」が必要です。母親に笑顔がないと、子供は母親から見捨てられたと、無意識に感じて、情動で感じて、自暴自棄になりますが、母親に笑顔があると、無意識に母親の思いに配慮をしようとする行動が出てきます。