子供の心1解説2

>「大人の心と子供の心は異なる」という事実
をもう少し説明します。

大人は子供に言葉や文章で知識を教えます。子供はその与えられた知識から言葉にして何かを言うことが出来ます。言葉で反応が出来ます。言語行動が出来ます。ですからテストなどの答えを書くことが出来ます。答えられます。しかし与えられた知識から、大人のように行動が出来ないのです。反応が出来ないのです。

なぜ答えられないかというと、子供はまだ経験不足から、その知識に対する行動による答えを持ち合わせていない場合があります。もう一つがその知識からの答えを持ち合わせていても、子供の方からその答えに相当する行動が出来ないのです。その答えに相当する行動をさせるには、その行動と引き替えに報償が必要なのです。

多くの場合、子供にとっての報償とは母親の喜びです。ですがこの事実が余りにも当たり前なので、大人は報償の存在に気づかないのです。子供が知識から行動する時には、母親からの報償を得るか、母親からの報償を予感して、行動をしています。そして報償を得ることで、与えられた知識とその答えに相当する行動が結びつき、繰り返すことでその答えに相当する行動が習慣化して、その知識に対する答えの行動が当たり前に行われるようになります。それでも報償が長い間なくなったり、報償が繰り返されることで、報償の効果がなくなった時には、その知識からの行動が弱まっていき、場合によってはなくなってしまいます。

大人では、ある大人一人について、その大人の持っている知識と、その知識に基づく行動とは、一定の方向性があります。大人はそのことを知っていますから、子供にある知識を教えておいて、その知識から子供が行動を出来ない時、「なぜ、出来ないの」と子供を責めてしまいます。子供では出来ないのが当たり前なのに、大人と同じような対応をしてしまいます。この子供の心と大人の心の違いに気づいている人がほとんど居ないのです。「大人の心と子供の心は異なる」という事実