子どもの自殺

人間以外の動物(ここではほ乳類を念頭に置いています)の世界では、子どもの自殺はありません。捕食動物に捕まり命を失う、場合によっては血縁のない雄によって殺されてしまうという大きな問題があります。そこで母親は必死で子どもを守ろうとします。自然淘汰という概念で理解されています。

現在の人間の世界では人間以外のほ乳類のような危険はほとんどない時代になっていますが、命はなくならなくても、心を痛めてしまう、心を失うことで命があっても、その人が納得がいく生き方ができない場合、心の病として薬漬けになってしまう場合などがあります。生きているだけで良いというならそれでも良いですが、自立した大人として社会活動ができなくなる場合があります。を維持できなくなる場合があります。心を失うとは、一般的な言葉で言うなら精神疾患になるという意味です。

子どもの自殺の大半は不登校による心の辛さからではないかと推測されます。というのは年間2,3万人いる若い人の自殺の内でほとんどの例で自殺をした理由がわからないからです。遺書を残している子どもはきわめて少ないです。ほとんどの子どもの自殺は発作的に死を選んでいます。多くは通学の最中に、通学関連の行動時に、自殺をしていることから、辛い学校に行かないために死を選んだようです。それも大人のように考え抜いて死を選んだのではなくて、学校よりは死んだ方が良いと反射的に行動をしているようです。

再登校が子どもの自殺を関連しているという専門家がいますが、私の経験では全く関連づけられません。再登校後の自殺がないからです。というのは私たちが不登校の子どもに子どもに再登校を求めないからです。私の経験では、不登校の子どもで心が元気になっても、子どもに学校に行かせない対応をしています。それでも、子どもがそれを押し切って再登校をしてしまう場合しかありません。つまり子どもの心が元気になって、子どもから求めて再登校していますから、学校が再度辛くなくなった時に再登校しています。今まで経験がないのですが、たとえ再登校でまた学校が辛くなったときには、安心してまた不登校になってくれますから。