トラウマの例

生徒指導の杉山先生は子ども達のために一生懸命の、父兄達からは良い先生だと言われている先生です。光男君が友達と校庭出遊ぶために、廊下を走って下駄箱に向かっているところを、生徒指導の杉山先生に見つかって、「廊下を走ると危険だ」と酷く叱られました。其れ以後、光男君は杉山先生を避けるようになっています。

光男君が大人だったら、杉山先生に叱られ嫌な思いをしたことを思い出して、光男君は嫌な先生と思う杉山先生を避けようとします。光男君は杉山先生との嫌な経験を思い出すのが嫌で杉山先生を避けます。杉山先生に関連する嫌な記憶(一種の記憶ですから、その記憶を言葉にして他の人に伝えることが出来ます)から杉山先生を避けます。

ところが光男君は子供です。上記の様な、大人のような記憶から、知識から行動をしません。光男君は杉山先生を観ると、反射的に体中に辛さを生じてしまいます。その辛さは杉山先生に叱られたときに生じていた辛さとほぼ同じです。勿論光男君は杉山先生に叱られたことを思い出すことが出来ますが、その辛かった経験を思い出す前に心が、体全体が、辛くなってしまいます。

光男君が杉山先生に酷く叱られたことを知っている人は、光男君が杉山先生を避ける理由をその人達なりに理解できます。しかしその人達なりの光男君への理解は、子供の光男君にはその理由は当てはまりません。光男君は杉山先生を見ただけで、心が、体が辛くなっているからです。場合によっては、光男君は杉山先生に酷く叱られたという事実は思い出しても、具体的に杉山先生にどのように叱られたのが、思い出さない可能性も高いです。

この場合、杉山先生は光男君以外の人にはとても良い先生です。杉山先生が光男君を辛くする理由を見つけられません。ところが光男君は杉山先生を見ると反射的に杉山先生を怖くなり、杉山先生を避けようとします。この光男君の杉山先生を避ける行動を多くの大人や他の子ども達は理解できません。

この事実を説明するのがトラウマです。光男君の心には杉山先生に反応をして光男君を辛くするトラウマが出来ているのです。このようにトラウマがある光男君が杉山先生を怖がる理由を、光男君も含めて多くの人は理解できません。多くの人で何でも無いか、かえって好ましい人や物に、ある特定の人(この場合光男君)が辛さを感じてそれを避けようとする現象。光男君のように他の親たちや生徒達には何でも無いか、かえって良い先生と考えられて居る先生に、光男君だけが恐怖、嫌な思いをするようになることをトラウマと言います。ですから何故光男君が杉山先生を怖がるのか、避けようとするのか全く理解できないのです。光男君自身もはっきりと分からないのです。