先回り 4

不登校、引き籠もりで心が辛い子どもは、一日の多くの時間を登校刺激や自己否定で心が辛い状態になっています。登校刺激として、子どもの周囲にある物に反応している場合、親から登校刺激を感じている場合、自分で登校刺激を作っている場合があります。これらの登校刺激から、ゲームや他の愉しいことに没頭していないときには、心が辛くなっています。年長の子どもの自己否定も同じ事を生じています。

これらの不登校、引き籠もりで心が辛い子どもは、心を辛くするものから逃げたいのですが、逃げられない状態ですから、新たな心を辛くするものに敏感に反応をします。

これらの不登校、引き籠もりで心が辛い子どもは、はっきりと自分を楽しませる物で無い限り、周囲から何かされることを登校刺激だと反応をしてしまいます。大人としてとても登校刺激だと思えないことでも、子どもを楽にしそうな物でも、子どもは自分を学校に行かせようとする対応だと、反応をしてしまいます。ですから、周囲の大人が不登校引きこもりで心が辛い子どもに何かしようとすると、それだけでこれらの子どもは心が辛くなり、その辛さをいろいろな形で表現してしまいます。

それは大人が子どものためにする対応を登校刺激と感じる子どもが悪いのでは無くて、子どもに登校刺激と感じさせる大人に問題があるのです。特に母親以外の大人のすることは、ほぼ間違いなく登校刺激として感じてしまいます。母親でも子どもと信頼関係が出来ていない母親のすることも、登校刺激として感じてしまいます。

登校刺激として子どもが感じ、子どもが苦しむぐらいなら何もしない方が子どものためになります。大人が子どものためとして、子どもが求めて居ないことをしてしまうこと=先回りは、登校刺激で苦しむ子どもを、ますます苦しめてしまいます。大人の論理が通じない状態に、不登校引きこもりで心が辛い子どもの心はなっているのです。