不登校は子どもに必要か?

松*俊*彦精神科医の意見
>10代や20代で自殺してしまったこどものご家族に、丁寧に聞き取りをして分かった事実(早期に再登校していた)のようで
自殺をしてしまった子どもの多くが早期に再登校させていたと報告しています。つまりこの医師は子どもの自殺で辛い思いをしている両親を呼び寄せて、自殺までの経過を聞き出している、それも丁寧に聞いていると言うことは、なぜ子どもが自殺をしたのかわからなくて、親の辛い思いを医者の研究という名目から親の心を無視をしているという意味になります。ある意味で検察官が犯罪被害者の思いを無視しているのと同じ、親の辛い辛い経験を再経験をしているのと同じだと思います。

もう一点は両心からの意見は自殺をした子どもの思いと異なります。自殺をした当人は早期の再登校から自殺をしたのか、その他の何かあったから、それも死ななくてはならないようなひどいことがあったから自殺をしているのか、きっと後者だと思います。両親はそのことに全く気づいていないから、子どもが自殺をしています。そのように子どもの視察について理解していない両親から話を聞いても、子どもの自殺の原因の分析にはなりませ。そのことには何も触れていません。

この話は東京シューレの講演会で行ったようです。つまり東京シューレの運営上の方針、希望に添った発言をしたのではないかと思われます。講演会でこのように言ったからには多数の自殺をした子どもの親から意見を聞いたはずですが、きっと松*医師の診察を受けていなかった親は、辛さからこのようなインタビューを受けないと思います。インタビューを受けたからにはこの精神科医と関連のある親だろうと思います。もしそうだとしたら、この精神科医不登校の子どもと関連がある内に、その不登校の子どもの自殺を防ぐような対応ができない医者だったという意味にもなります。別な言い方をすると不登校の子どもで自殺をするような対応を結果的にしてしまった精神科医が、その子どもは素直に母親の要求に従ってしまいます。自殺をした子どもの親の話を聞いてそこから得た結論に子どもの自殺についての理由について、真実性があるかどうか、それは全く別な問題です。

>結論としては、不登校は、こどもが生き延びるためには、必要だというものでした。
この結論は東京シューレの方針に迎合した結論だと思います。東京シューレの方針は学校に行かれないなら、東京シューレにいらっしゃいという方針です。学校ではないですが、学校に準じたところです。学校の仕組みと違いますが、その根底にあるのは子どもが求める(ここが学校と違う)物をボランティアの教師が教える、という形で悪くはないです。学校に変わる教育機関という概念です。親の方で学校に行かれないなら、せめて東京シューレに行って欲しいという思いから押し出されている子どももいるのではないかと思います。
学校に行かなくて良い=不登校なら、不登校にさせて東京シューレのようなフリースクールに行って欲しいという思いを親に生じさせると思います。そこには学校でなくても学校に準じるところに行って何かを学んで欲しいと言う親の思いが感じられます。
そのような成長を子どもが求めるなら、それも良い方法ですが、不登校の子どもの多くは自分なりの成長、母親に守られたその子ども特有の成長を求めているようです。でも母親がフリースクールに行くことを求めたとき、そこに行かれるようだと