学校改革 についての意見2

>新しい学校の考えは勉強と距離を取る教育をする、楽しいを追求するようなもの、常識をくつがえすようなもの、うちは学校にいくというはなしすらしませんが。大人の事情のための学校になっていて魅力がないですね。

現在の学校のあり方を変えようとするには、所謂専門家という人たちの子供への考え方を変える必要があります。所謂専門家という人たちは常識的な子供への考え方(教育学)から子供達を見ていて、そこから学校教育を考えています。子供の問題が社会問題になったときに、その社会問題になった部分だけ所謂専門家達なりの考え方をして、現在の教育行政を一部修正しようとはしますが、教育行政全体を変えようとはしません。今までの学校教育で日本をここまで発展させてきていますし、それなりの評価を外国から得ているという点もあると思います。

>新しい学校の考えは勉強と距離を取る教育をする
勉強という言葉で具体的に子供達の活動の何を刺すのか不明瞭ですが、現在の教室内の授業のあり方をさすのなら、現在の心が辛い子供達にはありがたいことです。心が元気な子供達にとってもありがたいことですが、心元気な子供の親たちがそれを許さないと思います。数から言っても今の授業のあり方を肯定する親の方がずっと多いでしょうから、現在ある学校の姿を変えることは不可能に近いと思われます。

しかし今までの学校とは異なる新しい学校をつくことは可能ですが、公費で学校を作るのには難しさがあります。それなりに政府に大きな力を及ぼすことが出来る人が居るなら、可能かも知れません。その結果親がお金を出し合って学校を作るのは可能だと思います。それでも親に経済的、時間的に大きな負荷を伴います。最近政府もその様な教育の場に補助金を出す場合もあるようなことを聞いていますが、期待は出来ません。

>楽しいを追求するようなもの、常識をくつがえすようなもの
学校の理念としてとても良いと思いますが、元気で学校に通っている多くの親や一般の大人には、一部には受け入れてくれる大人もいるかも知れませんが、多くの大人は受け入れにくい理念だと思います。多くの大人は現在の学校のあり方で良いと思っていると思います。子供を学校に行かせている親の多くは、大きな変化を好まないと思います。多分小さな変化すら好まないと思います。変化を求める親は、学校で不登校などの子どもが問題状態になった場合でしょう。其れも原因を学校に押しつけよう(本当は学校に問題があるのですが、学校側が理解できない、つまり原因を子供やその親、家庭に求めていて)としている場合だと思います。