子供の心と大人の心とことなるということについて

大人の心と子供の心と異なると言う私のMSGについて以下のようなMSGを頂きました。子供の心のことを考えてくださって、本当に有り難うございます。

<MSG>
気付いている人は、いくらでもいると思いますよ。大人だって子供だった頃があるのだし、その当時に大勢の子供と一緒の時間を過ごしているはずです。皆、同じでない事など、当たり前だったはずです。
ただ、受け入れて対応するのが難しいんだと思います。友達なら、他人の子なら気にならなくても、一緒に暮らしていれば見えてくるものもたくさんある。赤ちゃんの頃から母親が世話を始めて、大人になって自立させる事が目標でもあり責任でもあるからです。
問題が起きた時や、悩んでいる時の解決法も人によって違う。そして昔は悩みがあっても辛い事があっても、学校に行かないという選択肢は無かったので、親も分からないんです。時代の違いは大きいと思いますよ。

>気付いている人は、いくらでもいると思いますよ。大人だって子供だった頃があるのだし
気づいてくださっているのなら、子供達にとって本当にありがたいことです。ただ子供だった頃とは、母親の子供の頃のことが断片的に母親の記憶に残っているはずです。そして記憶に残っていないこと、それも膨大な量の経験があるはずです。そして思い出される記憶は、子供の頃の性格と子供の頃属していた家庭、子供社会との関わりの一部、そして言葉で学んで記憶に残っていること、それらを総称して子供の頃の性格と知識と表現できる物ではないかと思います。

>その当時に大勢の子供と一緒の時間を過ごしているはずです。皆、同じでない事など、当たり前だったはずです。
これは、子供の心について、子供によって皆異なると言う意味でしょうね。つまり子供はそれぞれの子供の性格を持っているという意味を言っていらっしゃると思うのです。
それとも保育園の保母さんのように、たくさんの子供と母親は関わっていて、母親は子供それぞれの性格が子供によって皆異なると気づいているという意味を言われているのでしょうか?
どちらであっても母親として子供について持っている知識、子供の性格を理解しているという意味だと思います。

>ただ、受け入れて対応するのが難しいんだと思います。
つまり、母親は自分の子供の性格を受け入れるのが難しいという意味でしょうか?きっと全て難しいという意味ではなくて、難しいところがあると言う意味ではないかと思います。難しくないところについて、母親は気にとめないで、其れまでの子育てを続けているはずですから。
今回は述べませんが、記憶とは強い情動が働いた時の事柄について残っていきます。または頻回に繰り返した事実が記憶として残っていきます。其れ以外の子供の頃の事実や記憶は、子供には残りませんし、大人になった時の記憶に残りません。

>友達なら、他人の子なら気にならなくても、一緒に暮らしていれば見えてくるものもたくさんある。
自分の子供の性格を、その母親なりに理解していると言う意味でしょう。母親自身の子育てなら其れで良いのですが、子供は成長をすると、子供社会に出て行きます。母親から見えないところで、子供が成長をするようになるという意味です。一部ですが大人社会へも出て行きますが、其れは無視をして、子供社会で子供が成長をしていく中で、母親に理解できないことが生じてくることを、考えてみようというのが、今の私の提言です。

>赤ちゃんの頃から母親が世話を始めて、大人になって自立させる事が目標でもあり責任でもあるからです。
おっしゃるとおりです。そして其れが母親の存在意義であり、喜びでもあるはずです。

>問題が起きた時や、悩んでいる時の解決法も人によって違う。
其れは子供により、子供の性格が皆異なることと、母親が知らない子供の社会の中でも、子供が成長しているから、それらを理解すれば、子供の心の問題は解決できる、出来そうだと考えていらっしゃるのだと思います。

>そして昔は悩みがあっても辛い事があっても、学校に行かないという選択肢は無かった
これは過去の日本文化のことですね。ただ、半世紀前の日本でも既に子供が学校に行かないという現実はありました。当時は登校拒否と表現して、学校を拒否する子供に問題があると考えられていました。その様な当時の日本文化、学校で育った子供が今母親になって、子供を育てています。今の多くの親や学校では、基本的に子供が学校に行かないという選択肢はないと言って良いと思います。ただ、この半世紀の子育ての経験から、登校拒否、不登校の子どもへの対応から、そして新たに子供の人権という概念が出来て、登校を嫌がるのではまだ許されないのですが、登校を拒否する子供を学校に行かさないという選択肢があることに気づかれて、其れを選択でき始めています。しかし子供を学校に行かさない選択肢を選んだ母親は(多くの母親はやむを得ず選択しているようです)、とても辛い思いをしています。なぜ辛いのかはまた別の機会に説明します。

>親も分からないんです。時代の違いは大きいと思いますよ。
親どころか、所謂専門家も分かっていないのです。その分かっていない理由は、大人の心と子供の心と異なることからなのです。
確かに学校のあり方は時代によって異なります。母親が持つ子育てに関して持つ知識も時代によって異なります。子供の性格も時代の影響を強く受けています。しかし人間の子供である限り時代に関係なく、子供に共通の心があると言う事実を、私はこれから述べていこうとしています。
ヒントは、子供という生物の成長、子供の本能、母親の持つ母性です。其れを脳の機能から考えていこうとするのです。其れが私の立場で、多くの方はご存じない領域なのですから、きっと多くの方との議論がかみ合っていないと思います。其れは以後に説明していきます。