子供と先生との信頼関係

不登校になった私の子供の性格が、良かったのか、悪かったのか、分かりません。
私は良かったと思います。
悪かったのは、運でしょう。お子さんが出て行った学校が、子供社会が、本来なら総出あるべきで無かったのですが、結果的にお子さんを苦しめました。

>学校などで、親以外の大人と(先生など)、どうやったら、信頼関係を築けるのか考えています。
子供は先生に対して利用し合う関係です。その意味で、限定された信頼関係です。母親と子供との命がかかった信頼関係と異なります。

先生は子供の持つ本能を満たしてくれる便利な、そしてありがたい人です。
先生にとって子供は教育をする(より具体的に言うなら、知識を与える、感性が育つのに協力する、身体が育つのに協力する、子供社会の規範を教える)人=親で不十分な部分を補う人です。親と子育ての分業をする立場にあります。
先生にとって子供は、教育をする対象です。

>先生は、きっと、一人一人との、信頼関係ということまでは、考えていないのかなと思います。
教育者として、教師は子供を信頼しようとする必要があります。
子供にとって、教師は子供の周囲の大人の一人ですが、子供の新しいことを知りたがる本能を満たしてくれる人です。その意味で子供は先生を信頼しています。その信頼に応えない先生がいらっしゃる様ですが、それでも子供は教育を受け続けてそれなりの結果を出しています。

>先生によっては、子どもの性格に、配慮をしてくださる方もいますが。
大人なら、教育者なら当然です。

>基本的に、子どもは、先生に、何を求めているのでしょうか。
上記で示しましたように、子供の本能を満たしてくれる人です。

>先生は、親以外の人であり、ただの人的な存在?と言う人がました。
町中の人と異なるのは、子供の成長をしようとする、新しいことを知ろうとする本能を満たしてくれる人、子供にとって元来は接近系の人なのです。町中の人は子供の欲求(本能以外の接近系)を満たしてくれる人、叉は無関係の人と表現できるかもしれません。

>でも、教師のうしろに、母親も感じているとも、言われていますよね。
教師からの評価に、子供は教師の後ろに母親を感じて居ます。
教師からの評価が良くて母親が喜ぶなら、子供は喜びます。
教師からの評価が悪くて、母親が怒るようだと、子供はその評価を母親に伝えようとはしません。これは教師が他人だから子供に出来ることです。