何が辛いのか5

>担任からの電話連絡では、その日に宿題をしてきていなかったので、そして其れが何回か続いていたので、先生に怒られたそうです。授業にも集中していなくてそわそわしていて、体操にも参加しようとしないで、保健室に行ってしまいました。担任がいろいろと質問をしようとすると、その場から逃げ出して家に帰ってしまったようです。帰っても母親に学校であったことを何も言っていなかったので、担任から電話連絡があったときに母親はびっくりしてしまいました。
>このようなことは今までなかったことです。母親が子どもにいろいろと尋ねても今までと同じことを渋々と言います。母親は学校に何か辛いことがあるように感じたのですが、その辛いことが何か特定できていません。そこでスクールカウンセラーと相談して子どもをしばらく休ませることにしました。子どもが学校を休んでいればまた登校できるのか、母親はとても心配をしています。

>帰っても母親に学校であったことを何も言っていなかった
子どもは子どもの持つ本能から、子どものことについて母親に話したいという本能を持っているようです。子どもの本能として母親が大好きだと言うことには、母親によって守られて成長をしたいという本能と同じことです。母親に守られると子どもが感じていると、子どもは自分に関することを母親に話します。楽しかったこと、辛かったことを離すはずです。ところがこの子どもは学校であったことを、辛かったことを話そうとしません。

母親のそばで子どもの心が辛くないと、子どもは学校で辛かったことを素直に離してくれるはずです。この子どもが学校であった辛かったことを母親に話さない、話そうとしないのは、話すことで子どもがより辛くなるからです。母親が気づいていないけれど、子どもが辛いことを話したとき、母親から責められて、かえって辛くなった経験を繰り返していたからです。つまり子どもは母親から守ってもらえないと、無意識に反応をしています。子どもは子ども自身の安全を守ってくれるという信頼感を、母親に持っていなかったのです。

つまり家庭でも、子どもの本能が素直に表現できる状態ではなかった、其れもかなり長い時間続いていたという意味になります。

スクールカウンセラーと相談して子どもをしばらく休ませることにしました
辛い学校を休ませてあげるという母親の対応は、子どもにとってありがたいです。そこで見方を変えると、学校で辛いことがあっても母親で癒やされたら、子どもは母親を信頼します。学校内に辛いことがあっても学校に行くことができます。ところが母親と子どもとの信頼関係が壊れてしまうほど、子どもが学校で辛い経験を繰り返していても母親にその辛さを癒やしてその辛さを昇華させて、安心して学校に行かれるようになるにはかなり長い時間がかかります。しばらくという言葉で表現できる期間より長くかかりますし、母親自身が学校での子どもの辛さを理解して、その辛い心を癒やして、昇華させる必要がありますが、その点に母親は全く気づいていません。

>子どもが学校を休んでいればまた登校できるのか、母親はとても心配をしています。
母親は日本文化の中の母親だから、このように思うのはよくわかるのですが、子どもの立場から言うなら、母親のこの思いは、母親が言葉にしなくても、オーラによって子どもに伝わって、子どもが安心して学校を休めない場合が多いです。安心して学校を休めないと、学校での辛さを母親を利用して、家の中の楽しさで解消できませんから、学校への拒否反応が続きます。子どもは自分から学校に行こうとしない時間が長くなります。