学校を休む2

>小さい子どもはその世界のほとんど全てが学校と言っても良いと思います。病気やケガでもないのにたかが1週間でも休みが続いてしまえば再登校後に周りの子もどうしたのどうしたの、と言われると思います。おそらく3日休んだだけでも、行きづらいでしょう...
これは大人の心からの発想を、子供の心の発想に置き換えています。これは多くの大人が行うことです。子供の心は、接近系の事柄には、もっと本能が先行します。子どもの心が元気なら、長期に学校を休んだ後でも、言葉で心配を表現することはあっても、学校を求めて動いてしまいます。

>うちの子は、たかが1週間休んだ時点で学習の遅れをとても気にして自信を失ってしまいました。
それには、それなりの理由があると思います。お子さんは学習の遅れを言葉で表現していても、学校内にお子さんにとって辛い事があるからです。休み始めた時点で学校が辛い心を持って居たのであり、その意味で大人の言葉で自信を失っていたのでしょう。

>学校に行かなくて良いといい、学校や勉強の話しを一切せずに、欲しがるものを笑顔で買ってあげたので、子どもは何か異様な空気を感じて
異様な空気というなら、今まで許されなかったことが急に許されるようになった、我慢をしなくて良くなった、と言う意味に子供は感じます。

>親の前でもう学校の話しはしてはいけない
学校の話をしなくて良いと心が辛い子どもは感じます。大人なら、親の考えを忖度してこのように感じる場合もあるかも知れません。それも心にいくらか余裕がないと出来ません。

>自分は学校に行きたいと親の前で言ってはいけない、学校に行きたいというのは親の意思に反するから怒られる、と思って言い出せなかったたと
上記の様に、このような発想をするのは大人です。大人の心からの発想での対応ですと、子供は苦しむばかりです。子供の心に沿った対応が必要です。

不登校になって7か月も経った後に打ち明けてくれました。
その時点でも(多くの不登校では殆どの例でそうですが、)お子さんの心がまだまだ心が辛くて、その自分の姿を見る親の姿が辛かったのだと思います。子供は母親に優しいですからよい子を演じて、そのよい子を演じた姿をお母様はお子さんの本当の姿だと思われたのですね。

>親の言葉どおりに過ごすよう、親に忖度してよい子を演じていたのです
もしこのことば通りでしたら、お子さんは親からとても強い圧迫感を受けていたのだと思います。子供の自然な感覚、発想、発言を許されていなかったのだと考えられます。

>子どもの年齢や性格によっては、それくらい「親の言うことは絶対だ」と思って自分の気持ちや考えを親の前で出せずにいる子どももいます
おっしゃるとおりです。お母様はお子さんが親の前で自分を出せないでよい子を演じている姿を、お子さんの本当の姿、本当の言葉だと理解されたのでしょう。

>子どもに「学校に行かなくて良い」というのは危険ではないですか?
それでは子どもの不登校とは子供の心のどの様な動きなのかと言う見方でなく、常識的な大人の心からの子供の心の見方になっています。不登校の子供はこの言葉を親から言って欲しいのです。子供がそれを言えないのは、親が不登校の子供の心を無意識に責めているからです。