学校がない国の子ども達は不登校です。

私は不登校という響きが嫌いです。
ですが、実際自分のこどもたちは不登校です。

<解説>

不登校とは、言葉そのものの意味は、子供が学校に行っていないという意味です。日本では学校制度ができあがっていて、学校に行かない子供を不登校と呼んでいます。しかし、学校制度が未だできあがっていない国々の子ども達は皆不登校です。テレビで報道される範囲でしか知りませんが、その様な国の子ども達は皆学校に行きたがっています。学校に行きたいけれど学校がないか、経済的に学校に行かれないのです

日本の不登校の子供のほぼ全ては、基本的に学校に行きたいけれど、学校に行こうとすると体中が辛くなり、学校に行かれないのです。その点が、学校制度が未だ出来ていない国々の子供と異なります。日本の不登校の子供は、学校を見たり考えたりすると、理由もなく辛い物が心にわき上がってきて、体中が辛くなって学校に行かれなくなります。それでも子供が学校に行かないでいられるなら、その辛さから暴れたり、心の病の症状を出すほどにはなりません。

そこで多くの大人達は、その子供のためになんとしても学校に行かせようと、学校に行けないなら、学校に相当するところに行かせようとします。それが子供の将来に大切だと、大人の心の立場から考えた対応をします。子供はその様に考えないのですが。そして、その様な対応を受けた不登校の子供は、「学校には行かなくてはならない」という知識を身につけるようです。

表現が難しいので、一応まじめと表現しておきます。まじめな不登校の子供は「学校には行かなくてはならない」というしっかりとした知識を持っています。その様な子供は学校を見たり考えただけ(登校刺激と表現します)で体中に辛い物がわき上がって来るばかりでなく、その結果学校に行かれないという現実を知ることで、葛藤状態になります。この葛藤状態は潜在意識ですから、その子供はこの葛藤状態と言うことを意識しません。しかし葛藤もとても強い辛さを体中に生じます。

日本の不登校の子供にとって、登校刺激からの辛さを生じるだけでなく、学校に行かなくてはならないと言う知識を思い出したとき、この葛藤状態から生じる辛さが相乗効果を生じて、家の中で暴れたり、医療にかかれば心の病の診断が付くような心の症状を出します。